記念すべき第一回目のインタビューは隼人会に一番長く勤めている、まきば園ケアハウス課小林さんにお話を伺いました。就職したのは平成6年11月。勤続年数24年半というまきば園の生き字引です。

 

就職した時のことを教えてください。

私が就職したのは52歳の時で、その前までは保険の外交員として働いてきました。母の病気をきっかけに早期離職をしたのですが、知り合いに「今度まきば園っていうのができるから働いてみない?」と紹介してもらったんです。渡りに船だと思いました。

採用面接のときは、面接官が5人いたんですが、仁司前理事長が「ギャンブルやってる?」って笑いながら聞いてくれたのを覚えています(笑)リラックスできるように気遣ってくれたんだと思います。前理事長はよく話相手になってくれました。本を読めよ、気楽なことでも聞いてくれと言ってくれて、「ワシントンD.C.のD.C.ってなに」って質問にもちゃんと答えてくれました(笑)宿直の時に何かあるとバタバタと焦ってしまっていたのですが、そんな時は「誰かがいるんだから心配するな。落ち着け」と声をかけてくれました。

 

印象に残っているスタッフは?

思い出に残るスタッフはたくさんいますが、特にというと、鴻巣まきば園の園長をしている渡辺さんですね。渡辺さんがケアハウス課の主任になった時に「小林さんの仕事を見させてください」と言って修理や交換にもついてきてくれました。どれくらいの時間がかかるのかとか、そんなに急がなくていいですよとか、こちらの仕事を知ろうとしてくれて嬉しかったですね。

あと、まきば園ができたばっかりの時は、みんながよくケアハウスに遊びに来て、まきば園でこういうことしていきたいとか、よく話し合っていました。若い人は熱いなぁ、すごいなぁと思ったことをよく覚えていますね。

 

まきば園が4カ所に増えたことについて、どう思われますか?

ありゃすごいと思います。最初は43人だった組織が560人になった。まきば園がどんどん大きくなっていく過程を目の当たりにして、自分も行田城の足軽として頑張っていかなくちゃと思っていました。まきば園に来たばっかりの時は、理事長夫妻はよく浦和まで行っていました。いろいろなご苦労があったと思いますが、その苦労が実ってよかったです。誰にでもできることじゃない。そういうところを我々には見せずに、ここでのんびり働かせていただけていることがありがたいです。

 

いま働きながら大切にしていることはありますか?

仁司理事長と節子理事長が大事にしてきた「笑顔・元気・あいさつ」は、長い間、今も続いていて、それがみんなに浸透している。せっかくみなさんが積み上げてきてくれたまきば園だから、まきばイズムというか、自分もそれを大切にしていきたいです。一生懸命頑張っている若いスタッフにも、疲れていそうな時はできるだけ冗談を言って笑わせたりして、笑顔になってほしいなと思っています。

 

こんなに長く続くと思っていましたか?

思わなかった!定年くらいにはやめてるのかなと思っていたけど、もう76歳になりました。今もまきば園に来るのが楽しみだし、一人暮らしなので、出勤=安否確認だと思ってとみんなに言っています(笑)

 

この記事は2019年6月発行の「まきばNEWS 1号」より転載しています。